1000年近い歴史の中で、2つの町が争いを繰り広げ、それがついに結ばれたのが17世紀。
現在ではクロアチアの首都として繁栄し、今まで注目されなかった歴史的な面においても注目されている、新しい観光都市である。
先史時代から、現在のザグレブ地域一帯には人間が居住していたとされるが、文献上ザグレブの基となる名前が現れるのは1094年のこと。町には司教区が設けられ、また近隣のグラデッツの丘には独立した別の集落も誕生し、以降この2つの地区が別々に発展していくこととなる。1242年のモンゴル侵攻の際には被害も受けるが、その後グラデッツ側の町は王の自治市となり、その地位を確固たるものとする。それ以降14〜15世紀にかけて、ザグレブの2つの地区は競い合うように、経済的にも政治的にも発展。そして17世紀初頭には合併するに至った。その後は、ザグレブ大司教区なども誕生し、20世紀にはクロアチアの首都として大いに繁栄を遂げることとなった。
Data
国 | クロアチア |
人口 | 804,200人(2008年) |
お土産 | 国旗と国章のアイテム クロアチアワイン |
お祭り | 花卉博覧会フロラアート (5月末) |
おすすめ度 | ☆☆☆☆ |
キャッチフレーズ | 谷間の階段都市 |
公式サイト | http://www.zagreb.hr/ |
Map
山脈の裾野にできた町で、市内は起伏に富んだ地形をしている。旧市街は西と東に丘陵があり、双方にそれぞれ町が築かれ、その谷間にも旧市街が広がるという町並み。坂や階段が多い町としても知られる。
Access
■ ミュンヘンからECで約8時間30分
EC(ユーロシティ)を使って、陸路で行くことも可能ですが、ドイツ国内の各空港からは、南ドイツからは1時間半程度、北ドイツからでも2時間程度で行くことができます。距離的にはイタリアのベネチアまで飛ぶ感覚に近いと思います。
長い長い電車の旅。ミュンヘンを出発し、東へ進むと、2時間ほどで世界遺産のザルツブルクにたどり着く。そして、そこからドイツアルプスの東の縁を回るようにして、南へ南へと電車は揺れる。
雪を冠したアルプスに見下ろされながら、車窓から見下ろす山間に点々と息づいている小さな村たち。まるで、グリム童話のヘンゼルとグレーテルのぱんくずのよう・・・きっと、アルプスを越えた南の向こうには、人が目指した大きな町があるのだろう。
そんな小さな村々は、アルプスに静かに煌く道しるべ。
アルプス越えには3時間、オーストリアを縦断すると、ようやく山脈も緩やかになってくる。そして、アルプスの陰からようやく姿を現したのは、オーストリア最南部の町フィラッハ・・・いよいよ分岐点だ。
ここを西へ行くと、あの水の都ヴェネツィアへと向かう。
そして、ここを東に行くと、かつてのユーゴスラビアの一角、スロベニアの首都リュブリャナ。
さて、どれ選ぼう。この旅の目的地はクロアチアの首都ザグレブ。
ちょっと息を呑んだ。
クロアチアといえば、ユーゴスラビア内戦クロアチア紛争の惨劇の舞台となった国。その首都であるザグレブは、スロベニアを越えた更に東にある。今や表面上は平和に見える欧州中東欧も、やはりオーストリアを出るとなると、どうしても不安な気持ちが芽生えてくる。90年代に連日ニュースで惨劇を報じていた、かつてのユーゴスラビア領内に入っていくわけだから・・・。
それでも、あの美しいアルプスの道しるべに導かれてやってきたこの地・・・この先にはきっと素敵な世界が広がってるはずなんだ!
東へと向きを変えた列車が、ゴトゴトとスロベニア内を進む。スロベニアといえば、ユーゴスラビア内戦の直接的な戦地にはほぼならなかったし、西欧諸国とのつながりも深かった為、平和でのどかな風景が良く似合う。オーストリアの延長に、更にのどかな自然が広がっているという印象で、雄大な大地にたまに小さな町が顔を出すって感じが面白い。さっきまでの懸念はどこかへ吹き飛び、車窓からのゆるい雰囲気に、ついウトウトしてしまう時間が続いた。
そして、ミュンヘンから約7時間、スロベニアの首都リュブリャナも過ぎた電車は、とうとうクロアチア国境に差し掛かる。今は平和だとはわかっていても、やはりどうしても過去の内戦のイメージがぬぐえない。
・・・でも、電車は止まらず国境を越えた。
国境なんて所詮、人間が地図上に引いた線。自然にしてみりゃ、何も変わらない。ドイツに住んで、多くの種類の国境を越えたけど、やはりここも同じだった。クロアチアだってスロベニアだってオーストリアだって、過去の国情はどうあれひとつの自然界なんだ。
そしてミュンヘンを発って8時間半、ついにミュンヘン以来の大都会へと電車は勢いよく走り込んでいった。
首都圏人口130万人ほどのクロアチアの首都ザグレブ。
でかい!これまで8時間の中で、最も大きかったのは1時間半くらい前に通過したリュブリャナ。それでも人口26万人程度。
人生、陸路でのこんな長旅は、これが最初で最後だと思う。だからこそ、その時感じたザグレブの繁栄はびっくりするものがあった。
んんーっ!・・・伸びとともに、長旅のストレスが青空へと消えていった。そして目を開けると、中央駅前でいきなり出迎えてくれたのが、正面に延々と続くトミスラフ広場と公園群。美しい緑と花々が紡ぎ出す、首都の町並みが本当に眩しかった。
これがかつてのクロアチア紛争の首都か・・・でも、実際ザグレブ自体は大きな戦火には巻き込まれていないということもあり、それまでのイメージが嘘のような世界。洗練された町並みもあれば、中世の赤い屋根もたくさん埋もれている。区画整備された、いかにも設計通りの町っていう印象もあるけど、不思議と違和感を残さず自然に溶け込んでいる。
スーパーの買い物袋を提げたおっさん、ベンチに腰をかけた女性、路面電車に駆け込む若い男性・・・何の変哲もない日常風景そのものでも、今まで旅してきた西欧の大都市とは違う感じがした。大都市なのに、田舎臭さがある。でも、その田舎臭さが、ここまで導いてくれた小さな村や町との違和感をなくしていた。8時間ものんびり揺られながらやってきて、突如現れた大きな町なのに。
内戦のイメージは払拭された旅だったけど、きっとどこかにその爪痕は残されているのだろう。その跡を見られなかったのは残念だけど、ザグレブを見ていたら、自然と町が一体化して人間同士の争いを横目にみているっていう印象があった。アルプスに点々とする村が道しるべとなった町ザグレブは、自然と町が共存している姿を強烈に印象に残してくれた。紛争・・・人間のいざこざによって、この風景を消してはならない。
帰りの電車は、またスロベニア、オーストリアを通り、ザルツブルク、ミュンヘンへと向かう。
ヘンゼルとグレーテルが落としたぱんくずを追うように、アルプス山間の小さな町に導かれながら、まずは北のザルツブルクへと行こう。
-町の小窓たち- |
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詳細はフリー写真de小旅行Terminal〜ザグレブ〜でご紹介中です。
本当に長い電車の旅でした。往復チケットが60ユーロ程度だったので陸路を選んだのですが、さすがに8時間はきついです・・・。でも、ある意味では、ザグレブ旅行とともに、車窓で見るオーストリアとスロベニアとクロアチアの旅行でもありました。
雄大なアルプスの足元の小さな町、そして最後にたどり着くザグレブ。きれいな自然に寄り添うこの町々に、心が和んだ旅でした。
特にインパクトの大きな観光スポットはないものの、町全体のクロアチアという国の雰囲気は、もちろん各国とは全く違うものがあります。ゲルマンやラテンとは違う民族に囲まれながら古い町並みを歩くというのも、それだけで印象深いものがあります。
聖母被昇天大聖堂 | 13世紀から18世紀にかけて建てられたというザグレブの象徴で、高さは105メートルを誇ります。丘の上にあるために、下町にいると一層高さを感じるかもしれません。また、大聖堂前には金色の聖母マリア像もあります。 |
トカルチセヴァ通り | ザグレブの下町の旧市街を貫く目抜き通りで、レストランやオープンカフェ、ブティックなどが軒を連ねる賑やかな通りです。グルメやショッピング観光には最適だと思います。 |
聖マルコ教会 | 13世紀に建てられた教会で、屋根にクロアチア(右)と、ザグレブ(左)の紋章があるのが独特です。観光スポットとしても有名です。また、聖マルコ教会のあるグラデッツの丘からは、赤い屋根の旧市街を一望することもできます。 |
トミスラフ広場 | ザグレブ中央駅前から共和国広場まで広がる大きな公園の一部です。駅に近いところにはクロアチア初代国王のトミスラフの騎馬像があり、広大な敷地の中に美しい樹木や花壇が続いています。市民や観光客の憩いの場としては本当に最高の環境です。 |
石の門 | 下町からグラデッツの丘に続く坂道の途中にある門です。18世紀の火災により、木造から石造になりましたが、内部にある礼拝堂には、この火災でも奇跡的に残ったという聖母マリア像があり、祈りを捧げる人が後を絶ちません。 |
共和国広場 | 旧市街入口にある大きな広場で、トラムの発着駅や観光センター、ショッピング施設なども豊富にあるため、観光客や市民で常に溢れかえっています。また、広場の中央には、クロアチアの独立の英雄とされる、19世紀の軍人イェラチッチの像があります。 |
大都市でありながら、歴史の流れや数奇な伝説なども実感することのできる面白い町です。クロアチアには他に有名な観光地が多くありますが、ザグレブだって負けてはいませんよ!
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