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Praha-プラハ-

 ドイツの東の隣国、チェコ共和国の首都。ヨーロッパ指折りの美しさを誇る町としてたいへん人気があり、数多くの塔があることから「百塔の街」、あるいは「北のローマ」などとも呼ばれる。

 また、千年の歴史をもち、数々の戦火も免れてきたことから、中世そのものが残る町として世界遺産にも登録されている。

 歴史的に有名なビロード革命以降は、オーストリアのウィーンとハンガリーのブダペストとともに、「東欧3大都市」として世界中から多くの観光客が訪れる。

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Prahaの簡単な歴史の紹介-History-

カレル橋の聖人像

 プラハの起源は6世紀後半。9世紀にプラハ城ができて以降、幾度か戦渦に巻き込まれるものの、1346年に黄金の歴史が幕を開ける。神聖ローマ帝国の皇帝にカレル1世が選ばれ、帝国の首都となったプラハは急速に発展し、当時のヨーロッパ最大規模の都市にまでたどり着く。更に、16世紀後半には芸術面においても繁栄を極め、ヨーロッパ文化の華といわれるまでになる。しかし、1618年から始まる30年戦争の引き金の舞台となり、その後都の地位をウィーンに譲ることになる。以降暗黒期と呼ばれる時代を過ごすが、1918年にはチェコスロバキアの首都として返り咲き、社会主義の崩壊した現在ではチェコ共和国の首都として中欧有数の大都市となった。

  •  Data

    Prahaのデータ

    人口1,223,368人(2008年)
    観光街道ドイツから続く古城街道の終着点
    名産品ボヘミアングラス・クリスタル
    チェコビール
    縁の偉人モーツァルト、スメタナ(音楽家)
    ドヴォルザーク
    フランツ・カフカ(作家)
    おすすめ度☆☆☆☆☆
    キャッチフレーズ百塔の街、北のローマ
    公式サイトwww.praha.eu
  •   Map

    Prahaの地理

    プラハの位置

    東はドイツ、北はポーランド、南にオーストリア、そして西をスロバキアに囲まれるチェコ共和国の中央やや西に位置する。街にはヴルタヴァ川が流れ、プラハ城の聳える丘もある。

    GoogleMapを見る

  • Access

    Prahaへのアクセス


    ドレスデンからECで約2時間10分 (乗換なし)

    ベルリンからECで約4時間50分 (乗換なし)

    ミュンヘンからALXで約6時間 (乗換なし)

    ニュルンベルクからREで約5時間10分 (乗換なし)

    ミュンヘンからフライトで1時間5分

    フランクフルトからフライトで1時間5分


    ベルリンとドレスデンからは、ヨーロッパスペシャルチケットで片道19ユーロで行けます。ニュルンベルクからは片道29ユーロです。

ここからはPraha-プラハ- 旅行記-Reisebeschreibung-
時計塔タワーゲートより

徒然旅行記のコーナー -百人種のユートピア-

 年間5000万人以上が訪れるという、ヨーロッパでも大人気の観光地であるプラハ。旧市街を歩いていて、観光客がいないところなどない。常に行き交う人たちの顔は別のつくりをしている。

 いわゆる東欧系っぽい顔はもちろんのこと、ドイツ系、イタリア系、アメリカ人っぽい顔、フランス人の区別はよくわからないけど、様々なヨーロッパ系の顔が歩いている。それから、我らが日本人だってたくさん、でもそれ以上に中国系がすさまじい。韓国人っぽい顔立ちも。こんな風にしてあげていたらきりがないけど、南米系だって東南アジア系だって、中東系だってアフリカ系だっている。ここは何の国だ?って思うくらいの多国籍都市なのだ。


 そこに、カレル橋の大道芸人、カレル橋の30体の聖人像、ドイツほどではないけど、犬もあちらこちらで歩いている。更には、旧市街広場のヤン・フスの銅像などなど、過去の偉人だっているじゃないか!

国境を越えて

ザクセン・スイスを越えて

 ドイツ旧ザクセン王国の王都、華麗な王国都市が広がるドレスデンを出発して1時間。真冬の2月の空の下、ザクセン・スイスを越え、チェコ共和国に入ってくると、そこはもう辺境の地って感じがする。日本人ながらも、すでに半年近くドイツで暮らしている自分にとって、ザクセン・スイスの山々を越えるときには、母国から離れる感覚、山の向こうには何があるんだろうって、冒険しにいくような気分でもあった。

 山の向こうは、銀世界だった。ユーロシティに揺られ、真っ白の世界をただただ進んでいく。本当にプラハなんてあるのだろうか・・・このままどこか異次元の世界に入っていって、そのまま帰ってこられないんじゃないか・・・なんて気分にすらなる。そんな世界を進んでいくのだった。

 ドレスデンを出発して約2時間。それまで白く染まっていた大地もしだいに茶色へと変わっていく。それと同時に、かろうじて陽の覗いていた空も、本格的に灰色へと変わっていく。車窓から入ってくる様子に、観光客としての自分の心がしょげていくのがわかる。またか・・・って感じ。


 その時、眼下に大きく蛇行する大河が見えた。

 ヨーロッパの大河といえば、その近くに必ず大都市があるはず。さっきまでいたドレスデンだって、エルベ川という大河をいだく。プラハとともに東欧(中欧)三大都市といわれるウィーンやブダペストにだって、ドナウという偉大な大河が流れている。さあ、この川はなんだ?・・・その名も・・・ヴルタヴァ川!
・・・超マイナーな響き・・・っていうか、全く聞き馴染みのない名前。でも、この名前を聞いたらほとんどの人が「あー・・・・・・。。。」って言うと思う。そう、このヴルタヴァ川のドイツ語名が・・・あの有名な(?)・・・モルダウ川だ。クラシック好きの僕にとっては、モルダウといえばスメタナって作曲者の名前と有名な旋律が頭に浮かぶ。とはいえ、スメタナもマイナーといえばマイナー。中学の教科書にはたぶん載ってると思うけど、記憶の片隅に残ってるか残ってないかって人が、「あー・・・・・・。。。」って言いそうなイメージがある。

 話がそれたけど、眼下の大河の先を辿っていくと・・・キタキタキタキタ!!見えた見えた見えた見えた!!あれこそプラハ城じゃないか!何度もガイドブックで釘付けになって、恋焦がれていたような城。ついにやってきた。やっぱり山の向こうには心躍る世界が広がっていた。空が灰色だっていいじゃないか!って自分をちょっと励ました。

旧市街広場からカレル橋へ

ボヘミア王国の王都

 見慣れないアルファベットが並ぶプラハ中央駅。しっかしよく英語も話せないでふらふらと国境を越えられるなって思う。度胸がいいのか無謀なのか、でも半年近くの留学で、


「見知らぬ国で見知らぬ人たちとコミュニケーションをとる」

「結局同じ人間なんだから何とかすれば伝わるもんだ」


っていうことだけは体に染み付いていた。

 チェコ共和国といえば、旧社会主義のチェコスロバキアが分裂した一方の国。ドイツの隣国で西欧にも近いこともあり、経済的にそれほど取り残されるってことはなかったらしいが、それでも旧東欧というだけで貧困のイメージが残る。それは駅を見れば何となくわかる。一国の首都だというのに、プラハ中央駅の寂れた感じ。確かにすごく大きな駅だというのはわかるけど、やっぱり古さや汚れが目立つ。洗練された大都市っていう雰囲気では全くない。でも、それも旅の醍醐味。しかも東欧圏は初めてだったので、興味深くきょろきょろしながら旧市街の方へと進んでいった。


 急に雰囲気が変わった。ドイツの町って、旧市街と新市街が市壁などではっきり分かれていることが多いけど、プラハは違った。何の変哲もない街並みだなあと思っていたら、急に何か違う世界に入り込んだような感覚とともに、辺りの街並みが一気にタイムスリップした。1000年の歴史を歩み、王国の首都としてヨーロッパでも随一の中世大都市となったこともある。チェコ共和国の首都というより、ボヘミア王国の王都に来た感じ。そして、ヨーロッパの一都市であるはずのその王都は、様々な人々が行き交う不思議な町だったのだ。

カレル橋を行き交う人々

人種を越える町

 王都は静を知らない。路には常に人々が歩いている。でも、それは朝の東京のように一方向に大勢の人が歩いていくという大都市の光景ではない。
 ブロンドの女性達が辺りを見回して指をさしている。日本人と思しき右に行ったはずの集団が、すぐに引き返してくる。そっちじゃないよと言うのかと思いきや、何を話しているのかわからない。中国人かな?髪を隠すスカーフをつけた女性と歩いているのは、アフリカ出身と思える男性。さすがにターバンまでは見なかったが、肌の色は行き交う人々多種多様だった。統一されているのは、その歴史の街並みだけ。人の歩み、人の見た目、人の言葉、全てがばらばらだった。それが最もすごかったのは、旧市街広場からカレル橋にかけて。もうここは・・・ウォーリーを探せ状態。カオスだ。大げさだけど、100の人種がいるんじゃないかってくらいだった。

 そして、その後もちろんあのプラハ城もこの目ではっきりと見た。霞んだ空に消えそうなプラハ城だったけど。そんな美しい城を目の前にしても、僕の印象に残ったのはこのこと。


 プラハ城と旧市街を繋ぐヨーロッパ最古の石橋、プラハの誇るカレル橋。その欄干には、合計30体の様々な聖人像が並んでいる。もちろん見た目も様々だ。そして、そのカレル橋には笑顔の溢れる様々な人たちが行き交っている。

 そう、プラハ城の見下ろすボヘミア王国の王都は、今では世界中の様々な人種が集まり、それを30体の聖人が見守るという、ユートピアのような世界だったのだ。


 僕には何人かのドイツ人以外の友達がいる。そのうち2人は、このプラハのユースホステルで知り合った友達。スリランカ人とブラジル人。


Praha-プラハ- 旅行記-Reisebeschreibung- おわり

-町の小窓たち-

ティーン聖母教会 カレル橋へ向かって カレル橋と観光客
霞むプラハ城 プラハ城からの眺め タワーゲートから見下ろして ジンジャーとフレッド
美しい市民会館 時計塔とティーン聖母教会 夜のヴァーツラフ広場 雪とタワーゲート

  詳細はフリー写真de小旅行Terminal〜プラハ〜でご紹介中です。

-旅行記後記-

プラハ中央駅ホーム

 初めに断っておきます。ユートピアという言葉は、ここでは単なる「理想郷」という意味で使っています。深い意味はありません。

 さて、2泊3日という、自分としてはかなり奮発した旅行だったのですが、残念ながら3日間とも天気が最悪でした。どうせなら本格的に雪が降ってくれれば趣もあったのですが、ちょっとちらついたり、みぞれ交じりだったり・・・。ですので、いい写真もあまり撮れませんでした。そんなこともあってか、この旅行では町の綺麗さよりもむしろそこにいる観光客達の様子ばかりに目がいってました。本当様々な国籍の人がいて(あくまで見た目の判断です)、落ち着かない町だって印象が残っています。でもそれだけ世界に知られた大観光都市なんですよね。ただ、個人的主観では、よく比較されるウィーンやブダペストの方が好きです。ですが、ドイツの歴史とも交わることの多いプラハだけに、ドイツ留学の方には是非行っていただきたい町です。

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-町の見所-

 世界中の人から愛され、毎年5000万人以上の観光客が訪れるというプラハですが、その見所はありすぎるので、ここには中でも抜粋したものをご紹介します。ドイツ紹介のホームページですので、ご了承くださいませ。でも、機会があれば大きく取り上げようと考えています。

プラハ城9世紀末に建造され、現在の姿となったのは14世紀。歴代の王の居城、現在では大統領府の一部ともなっています。城そのものが1つの町といえるほどに大きく、御伽の街並みといわれる黄金の小路や、木組みの街並み、数々の教会や修道院も含まれています。プラハ旧市街を見下ろす小高い丘の上に建っており、夜にはライトアップがされて非常に美しく輝きます。また、毎日正午には正門前広場で衛兵交代式が行われます。
カレル橋1400年に完成した、全長516m、幅9.5mというヨーロッパに現存する最古の石橋です。歩行者専用道路になっており、様々な露店やパントマイム、演奏家達が雰囲気を盛り上げてくれます。また、橋の両脇には30体という聖人像が並んでいるところも大きな見ものです。
ティーン聖母教会1365年に現在の姿となりました。旧市街を象徴する特徴的な建物で、その2本の尖塔はドイツでは見られないような独特のものです。
旧市街広場旧市街の中央にある広大な広場で、様々な様式の建物が並ぶ美しい街並みが見られます。すぐ近くには旧市庁舎や時計塔、ティーン聖母教会、フランツ・カフカ展示館などの見所が多くあり、中央にはチェコの有名な宗教改革者、ヤン・フスの銅像もあります。
市民会館正面のモザイク画が綺麗な1911年建造の文化施設です。プラハ中央駅から旧市街広場に向かって歩いていくと、途中で目にすることができると思います。
ヴァーツラフ広場プラハで一番の繁華街です。旧市街広場から南東に5分程度のところにあり、広場の両側にはレストランやデパートなどがぎっしりと並んでいます。突き当りには国立博物館も見えます。また、1989年には、チェコスロバキアが解体するきっかけとなった平和的民主化運動「ビロード革命」の舞台となったことでも知られています。
旧新シナゴーグ旧市街広場北部一帯はユダヤ人地区となっていますが、そこには13世紀に建てられたという現存するヨーロッパ最古のユダヤ人教会があります。
ブルー・プラハプラハのあちこちに店舗を構える、ガラス細工で有名なお土産ショップです。旧市街にはその他にも、スワロフスキーやボヘミアンクリスタルと取り扱う店など、多くのお土産ショップがあります。
フランツ・カフカ展示館チェコを代表する作家フランツ・カフカの生家が、現在展示館として公開されています。
スメタナ博物館プラハに流れるヴルタヴァ川はドイツ語でモルダウといいます。スメタナはチョコ国民音楽の父といわれ、有名な「モルダウ」を含んだ交響詩『わが祖国』の作曲者として知られています。生前そのスメタナが使用していたものなどが、カレル橋すぐ脇のスメタナ博物館に展示されています。

 プラハ旧市街は世界遺産に登録されており、上記の見所はほんの一部に過ぎません。町中が見所といってもいいくらいの観光都市です。